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近ごろのAIについて思うこと
生成AIの進化について調べていて、特に投資の分野では、企業比較や財務分析といった定型的な作業が非常にスムーズに行えるようになっていると感じています。
最近、日本の工作機械業界を調べていたのですが、ネットキャッシュの計算や、各社の直近財務諸表から企業戦略の比較まで、表面的な部分ならAIが簡単にこなしてくれました。
以前は財務諸表を調べて手作業で比較していたことが、今ではほぼ自動化可能です。これは、たとえば若手社員や中堅社員が、時間をかけて資料を読み込み、発表用にまとめていたような作業が、AIに置き換わりつつあるということです。
役員説明用のPowerPointを作っていた時間も、今後は「無駄」と見なされ、どんどん削減されていくでしょう。
もちろん、日本の上場企業、特に本社経理が行うような役員向けの報告や企画業務には「儀式的」な要素があり、人の介在は残るとは思います。それでも、その直前までの準備作業は、間違いなく自動化が進むでしょう。
「人にしかできないこと」とは?
整ったデータがあれば、特異点の抽出や基礎分析はAIが素早く処理してくれます。結果として、経理や企画スタッフの仕事量は確実に減っていくでしょう。
では、人にしかできないこととは何か?それは「整っていないデータ」に対応することや、「現場に足を運んで課題を発見すること」だと考えています。
たとえば、特異点が見つかった後に、その現象の原因を現場で突き止めて改善につなげる——そういった仕事です。関税還付の準備のような業務では、各社のフォーマットがバラバラで、手書き資料も残っています。こういった混在データの集計や整理は、依然として人の手が必要です。
現場感覚と巻き込み力
さらに、現場で課題を発見し、他者を巻き込みながら改善を進めていくような「身体感覚」を伴う仕事は、むしろ今後もっと重要になるでしょう。
問いを立て、それを他人と共有し、正しく認識し、迅速に実行していく。そういった一連のプロセスを動かせる人材が、これからの現場では求められていくと思います。
プライベートでも変化は進んでいる
最近では、ブログの修正もAIに任せていますが、自分でやるより早く、しかも見栄えも良く仕上がります。サムネイル画像も自動生成されるため、「制作にかける時間」そのものが不要になりつつあります。
今後、単純な比較記事やまとめ記事はどんどん価値が下がっていくでしょう。検索されにくくなり、読み手の興味を引きづらくなるからです。
このブログすら検索されないでしょう。
これから必要とされるのは、「自らが体験し、文化を越えて何かを共有する」ことです。それこそが、今後のコンテンツにおける付加価値になると感じています。
AIが残さない“人間らしさ”とは
だからこそ、もっと外に出て、新しい人に出会い、何かを実行していくしかないのだろうなと思っています。
投資の世界でも、AIがある程度の分析はしてくれる一方で、人間にしかできない判断があります。たとえば、経営者が語る言葉の「温度感」や「人間性」、「先見性への共感」といった、数値化できない要素こそが、最終的な判断材料になることもあるでしょう。
次世代が生きる世界
この変化はものすごいスピードで進んでいて、子どもたちは完全にAIが浸透した世界を生きていくことになります。
私たちが今、社会人として感じているこの変化を、子どもたちは学生時代から経験していく。それだけに、知識だけではなく、実体験やフィジカルなスキル、スポーツやエンターテインメントのような競技経験が、より重要になっていくはずです。
中島聡さんが言っているように、「AIを使う側になる」こと。その意識を持ち、行動していくことが、今後ますます求められると感じています。
また思うことがあれば、書き足していこうと思います。
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