こちらは、資格取得(USCPA,英語,仏語),キャリア転換(営業→経理),育児,旅行について綴るブログです

外資解雇!からはじまる、逆張りの地方キャリア論①

※内容に広告・プロモーションを含みます(景品表示法施行に伴う処置)

今から7年前。

人生初の海外出張は、様々な人とのふれあいから、今後の仕事の沢山のヒントを得て帰国した。

意気揚々と東京のオフィスに戻った自分。

出張報告やレポート提出を上司や同僚や行った。

ただし、報告するも、何故かそわそわして落ち着かない社長。

社長が今回の海外出張実現を後押ししてくれていた。

すると数日後、アジア統括のインド人が会社に乗り込んできて告げた。

「日本法人は閉鎖します」

「え・・?!」

こんな方に読んでほしい

さて、こんにちは!

私は現在30代前半ですが、振り返ると、キャリアのターニングポイントの一つは、20代半ばで東京から地方都市へ転職したことだと思っています。

冒頭のエピソードはその方向転換をせざるを得なくなった解雇される瞬間です(笑)。

※もう存在しない会社なのでこれくらいの粒度で書いてもよいでしょう。。

この記事は、現在都会で働いているが転職活動の中で、地方の企業も選択肢に含めようか迷っている人向けの記事です。

A子

地方の企業からオファーもらったけどどうしようかな・・

転職活動をするとこういうA子さんのような人は出てくると思います。

私の場合は、冒頭の解雇とその後の地方行きの意思決定が、私のキャリアにとっても、人生にとっても、決して無駄にならず、30代の今のつながっていると感じています。

私は自分のキャリアでの経験から、地方で働くことは決して悪いことではないと思っています。

そんな自分の経験から、都会から地方へ転職したキャリア、メリット・デメリット、意思決定のポイント等について振り返ってみようと思います。

日本の5つの都市で働く(ざっくりと)

働いた年は、ざっくりとぼかして書くと、新卒一年目から、

東海(1社目)

東京(2社目)

関西より西のどこか(3社目)

関西地方を転勤で、転々という感じです。

B男

30代で3社なら、日本企業目線だとそこそこ転職多い人って感じかも

自己分析不足の1社目、解雇された2社目

大学時代は体育会とゼミに打ち込こみ、その一方人生経験や社会経験が不足ではありましたが、

そんな状態でもなんとか自己分析して数社内定、

上場していた食品企業に就職しました。

ただし、英語のスキルを活かしたいやグローバルに活躍したいと思い始めて、一年発起して東京の商社に転職。

外資だったその商社は突如業績が怪しくなったタイミングで、スパッと日本法人閉鎖。

これが冒頭の話です。

そう、20代半ばでこれからというタイミングで、最初の整理解雇を経験しました。

このころ結婚を前提にお付き合いしている彼女(いまの奥さん)がいましたが、

冒頭のあの瞬間に、流石に瞬間的に頭は真っ白になりました(笑)

「地方」か「都会」かという選択肢

解雇されたころは景気的にはまだまだいまと比べるとマシな状況で、

幸い「新卒入社の際に誰も応募を検討するのでは」という”ネット系企業”と、

地方の会社(先の3社目で述べた会社)”の2社の内定は取れました。

※地方の会社は、上場の企業のグループ会社です。求人をみていも、この手の上場会社のグループ・子会社系の求人は多いですよね。

おそらく、普通の感覚だと名が知れた前者のネット会社を選択する人が多いのかなと思われますし、その後、結構の方から「なんで、そっち(地方)言った?」と聞かれました。。

実際私も当初は、そのようなマインドがとても強かったです。

入社手前まで行っていました。

初年度、多少下積みはあっても、その後都心の働きやすそうなオフィスで働ける点は魅力を感じました。またオファー金額も比較的よかった。

一方、地方の会社の方は、面談時の雰囲気は、やや”高齢”というか、”はつらつさ”を感じないというか、とくにグッと感じるもものはありませんでした。ただし話を聞く限り、人手不足であり、早々と海外で働くチャンスはありそうだとは思っていました。

それぞれオファーをもらいながら、どうしようかを連日悩みました。

オファーは期限がありますから本当にギリギリまで。

都会の企業は、金太郎飴??

その時前職(上記の1社目に当たる会社)で尊敬している先輩がいたので、本件について相談しました。

先輩からいただいたお話はこうでした。このお話が自分にヒントをくれました。

『その誰もが知るネット系の会社に行くことは否定しないよ。でもそういう会社は、多分、君みたいな若い子がたくさんいるよね。20代半ばの君は、途中から参画する形で、その子達と出世競争をヨーイドンでしなければならないね。同じような人はいくらでもいる。経験を積むにしても順番待ち。ある意味、よくあるキャリアの中に身を投じることになる、それで良いのかな?』

※この先輩は、海外で学業を修め、後にコンサルでも活躍したりと優秀な方ですが、「仕事では現場が全て」とまずは1社目に飲食店に勤め、裏方の現場の仕事から学び、キャリアを発展していった方です。

この話を聴きながら、自分は”金太郎飴”を思い出しました。

どこを切っても同じ顔が出てくる七五三の時とかにお土産でもらうやつです。

自分には20代の半ばに3社目となるキャリアに焦りがありました。仕事の業績的に大した成果もない中で、”プチ挫折”をして、履歴書の欄がごちゃごちゃなってきている自分に対して、企業からどうみられるか。

この躓いているキャリアを再起動させて、加速させたい。

しかし果たして若手が、”がやがや”いるネット企業にはいって、”金太郎飴”の一つのようなところから頭角を現せられるだろうか(実際に働いている人たちに対して金太郎飴って失礼ですよね、勝手な想像なのでお許しを、ポジティブにとらえれば金太郎飴的に能力が同質なら能力の平均値が高いとも言えますね、逆に個性が尖っている人が粒ぞろいか)。

地方企業の置かれた環境(※完全に主観)

(似たところは多いと推定していますが)地方の企業は、そもそもの若手がどうしても日本の人口構造上少ない中、一部のローカル&プロパー社員が引っ張っているような会社が多いのでは、と思っています。

そういう会社では、業績の変遷の影響で、新卒を絞り、中堅層の厚みにグラデーションがあり、中堅戦力が薄い場合もあるでしょう。

その一方、国内外に固定顧客はいるので、仕事はある程度あり、”マンパワー”と”属人性”に頼りながら、ギリギリで回しているケースがあるのではと思われます。

しかしながら、地方ですが、事業の主戦場を海外に置き、日本からガンガン出て行って事業をしている会社はとても多いです。※リクルートのPAで調べればそのような企業はたくさん出るでしょう。

上記の点は面談から感じ取っていたので、先輩の話を聞く中で、このような環境に身を投じてみようと思い始めました。

東京から地方へ(しかもかなり人口が少ない地方の都市です)

停滞したキャリアで遅れを取り戻し、再起動させるには”逆張り”をするしかないのではないか??

誰もがしない選択をしよう

最終的は、この夕べの先輩との会話を境に、自分の中で、新興ネット企業地方メーカーかの意思決定の旗色が切り替わり、この道に進んでみようと決めることができました。

※その後何回も知人になんで、もう一つの会社行かなかったの!?と聞かれます😂

次回はその続きを綴ります。

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